はるかさんの荒削り人生(笑)
ま、そんな大層な人生じゃあ、ありゃせんが☆
最終更新日 2002年10月25日
看護婦さんに 100の質問 医療従事者に 100の質問 |
1月10日生 山羊座・A型 |
小・中学は地元の学校に通ったが、
「子供らしくない、可愛気のない子」として、教諭陣の間で有名だったらしい(弟
談)。
高校卒業時、
「女に学問はいらん!」という父の封建主義の下、
大学進学をあっさり断念。
せめてもの意趣返しに、と、
勧められた富○通を蹴って、
国家公務員初級V種を受験。
が、その親不孝の裁きか、
試験1週間前に、急性虫垂炎で入院。
ついでに、手術。
麻酔が効かなくて、半切腹状態。
死兆星の輝きを見る(爆)。
その際、麻酔を倍量投与された為、
約10日間、副作用の頭痛に苦しめられる。
退院の翌日が試験でしたが、
腹痛(創部痛)と頭痛を抱え、
良く受かったものである(苦笑)。
そんなワケで、4月に晴れて郵便局員に。
局員として、私利私欲の限りを尽くせるハズもなく、
片道2時間通勤の郵便局に勤務する羽目になり、
職場の変更希望を出したトコロ、
「2年間は受理できないので、今の所で頑張りなさい」と却下され、
こんな拷問めいた、理不尽な仕打ちに耐えられそーになかと!とばかりに、
「適当な学校にでも行くか……」と、
たまたま回ってきた文書にCMしてあった、
東京の郵政系列の某看護学校を洒落で(笑)受験。
真面目に受験している人達の怨念か、
試験前日、車にはねられる。
死兆星が目の前を沢山
飛ぶように流れていきました(核爆)。
翌日、試験会場の大阪の系列の某病院に、
包帯&ガーゼだらけの私服の女が、
5人の制服少女(笑)と1人のスーツ少女に紛れて、
両手で鉛筆を支えながら、
試験問題を解いておりました。
それでも何故か合格し、4月に晴れて看護学生に
(本当に良く受かったものである…)。
久々の授業は嬉しかったけど、とっとと飽きてしまい、
元々、看護婦になりたかったワケでもなかったため、
落第しないよう、適当に勉強し、
3年間社会勉強(笑)をして過ごす。
その間、入試の際にお世話になった大阪の系列病院(※受験会場)の人から、
「卒業したら大阪においでね〜」としつこく誘いを受けたが
(包帯&ガーゼだらけの姿で、
学生&浪人生に混じって受験する社会人の姿に
並々ならぬ根性を感じたらしい。
「郵便局を辞める口実として頑張っただけ」
「受験費の5千円が勿体なかった」などと
彼らが知る由もない・笑)、
神戸で占い師として雇って貰う口約束を取り付けた後だったため、
迷惑以外のナニモノでもなかった……。
卒業時も、やっぱり看護婦になる気になれず、
国家試験もほぼ白紙で提出。
帰郷後、電話で怒られる。
が、バブル崩壊後の世間の風は冷たく、
占い師の話も反古にされ、
路頭に迷いそうになったトコロを、
地元の病院で看護学生の待遇で拾って貰う。
そこで他のスタッフに混じって働く内に、
「看護婦って職業も案外捨てたモンじゃないな」と思い(←現金ね〜・笑)、
恩返しの意味も兼ねて、
翌年、1年遅れで国家免許取得。
晴れて看護婦に。
急性期の病棟から、慢性期(シルバー&ターミナル)病棟へ配置換えになり、
バリバリ(?)働いていたトコロ、
人に頼み事を出来ない性格(※当時)が災いし、
一人で頑張り過ぎて腰を悪くしたため、
2年半でリタイヤ。
実家に戻りたくなかった(←寮生活だった)ので、
大阪に出て、
一人暮らしをしながら、
OLとして働き始めるが、
会社が性格に合わず、
辞めようかどうしようかと情報誌を見ていた折りも折り、
彼氏の実兄の友人だった(笑)旦那に拾われ、
寿退職&電撃結婚。
暫くの間は「憧れの専業主婦」生活を楽しんでいたが、
変化の少ない生活に飽き、
腰も良くなったので、
頃合いを見て、働く事を決意。
職安や情報誌を見て職場を探すが、
好みの職がなかったり、
時給が安かったり、と、
なかなか条件が合わず、
結局、
昔取った何とやら、で、
結局、看護婦として職場復帰する。
現在、大阪市内の小規模病院の老人病棟に
夜勤専門の非常勤看護婦として働く。
同人歴は13年目に突入(2002年現在)。
小説をメインにマンガ・イラストも描く。
現在は創作系でスペースを取り、
半フィクション(笑)な看護婦本を出している。
が、この頃はアクセサリーがメインになっているので、
スペースに本がない事が多い(汗)。
とか言いつつ、その内、アニパロ系に戻って、激烈ホモエロ本を出したいな〜と画策中だったり(爆)。
他、興味ある事は何でもやってみないと気が済まないため、
天然石アクセを作って売り歩いてたり、
石けんを作って、行商してたり、
香水の調香なんぞやってみたり、
イロイロやっている。
ええ、それは手広く(笑)。
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